2011年06月28日

ハニカミ



ハニカミ王子が話題になったのも、もうかなり懐かしい話題ではないかと思います。


ハニカミ王子こと石川遼は埼玉県松伏町出身。2008年現在で十七歳になるプロゴルファーです。


今では知らない者は少ないほど有名なゴルファーであるこの石川遼ですが、そのゴルフとの出会いは六歳の頃に父にゴルフ場に連れて行ってもらったことだと言います。このことをきっかけにしてゴルフと出会い、のめりこんでいくわけですが、意外にも小学校の時はゴルフ部があったにも関わらず陸上部に所属していたそうです。


やがて2004年に全国小学校ゴルフ選手権横尾要カップで優勝すると、それをきっかけにして関東中学校選手権、全国中学校選手権退会春季大会などの優勝を総なめにし、全国規模の大会で常に上位に食い込むプレーヤーとなります。


そして2007年度。高校生になった石川遼はマンシングウェアオープンのKBSカップで日本のプロゴルフの大会としては史上最年少で優勝を奪取。アマチュアとしては1980年の倉本昌弘に続いて二人となる男子ツアー制覇の快挙を成し遂げます。大会の初日が暴風により中止になったため、最終日にニラウンドが行われたその日、高校生でありながら三十六ホールを回って逆転優勝を果たしたこの記録は世界での最年少優勝記録となり、ギネスのワールドレコードにも認定されました。ちなみにこれは二日目終了時点でトップと七打差、トータル二十三位という位置からの逆転であり、まさに辞書に載せたいほどの大逆転でした。近年の成績では同年七月に行われた世界ジュニア選手権で個人二十三位。八月に霞ヶ関CCで開催された日本ジュニアゴルフ選手権男子十五〜十七歳の部では大会市場最年少の十五歳十一ヶ月で初優勝、と快進撃を続けています。


直後のフジサンケイクラシックでは二日までは首位と三打差の六位から三日でスコアを落とし、結局通算一オーバーの214で十五位に終わるものの、それでも出場アマチュア選手中最上位を記録。同様に、東海クラシック、三井住友VISA太平洋マスターズでもこのローアマチュアを獲得しています。またマンシングウェアオープンでの優勝によって、その年のツアー優勝者に参加の資格が与えられるゴルフ日本シリーズJTカップにアマチュアとしては史上初めて出場しました。


昨年の流行語大賞にもなった愛称だるハニカミ王子というのは、このマンシングウェアオープンの優勝インタビューの言動に対する評価として生まれたもので、名付け親はこの大会の実況を担当した瀬戸内海放送の多賀公人アナであると言われてます。優勝インタビューのときにふと呼んだハニカミ王子という言葉が、石川遼のキャラクターを的確に捉えていた、ということでしょう。


また定着に理由としては、同時期に既に定着していたハンカチ王子こと斉藤祐樹投手の存在があったことも上げられています。


posted by 智恵蔵 at 12:10| 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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